2008年04月10日
 ■  離任式

昨日、最悪の天気で入学式。多数の学校で大変な思いだったでしょう。
今日はそれぞれの転勤者が前任校でお別れを言う日です。

生徒や保護者の方から、過分に熱いお気持ちで送られ、
こちらも幾度となく嗚咽をこらえることが出来ませんでした。
スピーチは何とか終えたのですが、
前校長の提案でみなで校歌を歌うとなって、
とても声を出すことが出来ませんでした。
揚げ句、
体育館退場の愁嘆場となってしまいました。

どうも、ひとりひとりの声や顔を思い浮かべると
どうにもなりません。
生徒だけでなく、
OBのみなさん、
保護者、地域のみなさん、
真鍋先生、東郷先生、、、、
本当に素晴らしい沢山の人に助けて頂きました。

豊かな自然と音楽に満ちた桃源郷。。。。

2008年04月05日
 ■  カラヤンの芝生

%E6%A1%9C084.5.jpg

本日、保護者会と吹奏楽部後援会の会合がありました。
私の転勤と今後の事について縷々ご説明しました。
こういう事になった今、皆様から伺うお話は
私にとっては過分のお言葉ばかりでした。

今日お出で頂いた皆さんにお話しした
年寄りの昔話です。

私が大学4年生の時、
カラヤンが私たちの学生オケを指揮してくれました。
指揮の後、会場での質疑があり、
「(ベルリンフィルのような)よいオーケストラをつくるにはどうすればよいのか?」
という質問が出ました。
帝王と呼ばれていた当時のカラヤンです。
我々はどんな答えが返ってくるか興味津々で答えを待ちました。
「イギリスに行ったときすばらしい芝生をみました。
どうやったらこんな素晴らしい芝生ができるのかと尋ねました。
毎日の芝刈りと水やり、
そして、100年経つと、こういう芝生が出来ます、
という答えでした。オーケストラも同じです。」
こんな答えだったと思います。

私はその時、正直、「なーんだ」とがっかりしました。
もっと、何か、現実的、技術的な答えを期待していたのです。

ところが、10年前くらいから、
この、カラヤンの言葉が私の心の中に蘇ってきました。
毎日毎日の積み重ね。
1年2年で作れない何か。
経験をよい形で重ねること。
投げ出さない。諦めない。
そんな事を肝に銘じつつやって来たつもりです。

今、切に、
積み重ねの中で作られたものを壊さないで欲しいと思います。
岩田が去って、別の人間が来れば、
また1から別のものを作る。
という考えもあるでしょう。
しかし、この部活はとっくの昔から、岩田一人のものではありません。
みんなが作ってきたものです。
いつも1からの作り直しでは、造れないものがあると思うのです。

最近の建築物の大半は、優れた設計であったとしても、
竣工した後は古くなっていくだけ。
せいぜい50年で取り壊すしかなくなるかも知れません。
一方、昔の建造物の中には、
50年そこに建って、使われているからこそ、
風景と馴染み、外観も落ち着いて、
価値が作られてくるものもあるのではないでしょうか。

文化は時間をかけずには創れません。

2008年04月02日
 ■  願はくは花の下にて、、、、

3月30日のお花見は生憎の雨。
数日前から、部員諸君はこの日のお楽しみ演奏に向けて、
妙に盛り上がりを見せていました。
結局、外で演奏出来ず、会議室で演奏しました。
演奏が進むと共に、私もだんだん平常心を失ってきました。
生涯の中でも幾たびもないような
つらい瞬間がだんだん近づいてきました。
生徒達にお別れを言わねばならなかったのです。

3月いっぱいで逗子高校を離任しました。
いわゆる年限は過ぎていたので、
予想外といってはいけないのかも知れませんが、
実は本当に予想していなかった事態です。
公立学校だから転勤があるのは当たり前、
なのですが、
そういって納得ししまって良いのか?
という思いでやって来ました。
有り難いことに、周囲の方もエライ政治家の方も、
心から応援してくださいました。
だから、「当たり前」の考え方はしないことにしていたのです。

大好きな逗子で、大好きな子供達と、大好きな人達に支えられて、
これだけ素晴らしい音楽ができたのです。
今死んでしまっても自分の人生は幸せだったと思える、
そんな気持にさせてくれるほどの達成感を
何度も味わわせてもらいました。

しかし、一方で、
やればやるほど、課題も積まれてきました。
部員100名を越えて、
それまでと違った局面に出合いました。
次の一歩の為に大変な苦労を強いられました。
本当に価値のある成功にむけて、
やっと歩き始めたばかり、
本当の苦労はこれからだという気持でもあったのです。
教育の質を高めていくというのは、
こうした作業なのではないかと漸くわかり初めていたところです。
だから公立はだめ!と言われそうです。

しかし、本当に、岩田がいなくなったら、ダメ、なのでしょうか。
いままでの部活動は、
ある先生がいなくなると、
次の先生のやりかたがうまくいかないので、
すべてをぶちこわして、1から作り直す。
というのが普通でした。

逗子高校はそうはさせません。
なぜなら、みんなで作ってきた部活ですから。
今の部員はかつて最高の状態ですが、
指導するチームも最高の形ができあがっています。
このチームは解散しません。
幸い、チームの中から素晴らしい指揮者を立てられそうです。
ですから、生徒をいたずらに混乱させずにすみそうです。
この展開を新たな一歩とすべく、
みんなが頑張ってくれるといっています。
私もいままで皆さんが支えて下さったように
外からのサポートをしたいと思います。

といっても、4月29日の定期演奏会は
予定どおり参加(指揮)させて頂きます。
すべての企画を予定どおり実施できるはずです。
そして、ひとまず、
平成元年以来約20年、逗子地区で出合ったみなさんに
御礼を申し上げます。
みなさんが、大切な友人であることは変わりません。
必ずまた、逗子に戻ってきたいと思っています。

やよいつごもりの幽玄な夜桜を決して忘れません。